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いかばかり功德の御身にて、かくおぼすさまにめでたき御さかえを見給ふらむと、おもひやり聞ゆるもゆゝしきまでぞ侍りし。御遊はてゝのち文臺めさる。院の御製、
「いろいろに袖〈枝イ〉をつらねてさきにけり花もわが世も今さかりかも」。
あたりをはらひてきはなくめでたく聞ゆるに、あるじのおとゞ歌さへぞかけあひて侍るにや、
「いろいろに榮えて匂へさくら花わがきみぎみの千世のかざしに」。
末まで多かりしかど、例のさのみはにてとゞめつ。いかめしうひゞきて歸らせ給ひぬる。またのあした無量光院の花のもとにて、おとゞ昨日の名殘おぼしいづるもいみじうて、
「この春ぞこゝろのいろはひらけぬる六十あまりの花はみしかど」。
その年の八月二十八日、春宮十一にて御元服したまふ。御いみな恆仁ときこゆ。世の中にやうやうほのめき聞ゆる事あれば、御門はあかず心ぼそうおぼされて、夜居の間のしづかなる御物語のついでに、內侍所の御はいの數をかぞへられければ、五千七十四日なりけるをうけたまはりて、辨內侍、
「千代といへば五つかさねて七十にあまる日かずを神はわすれじ」。
かくて十一月廿六日おりゐさせ給ふ夜、空のけしきさへあはれに雨うちそゝぎて物悲しく見えければ、伊勢の御が「あひも思はぬもゝしきを」といひけむふる事さへ今の心ちして心ぼそくおぼゆ。うへもおぼしまうけ給へれど、劔璽の出でさせ給ふほど常の御幸に御身を離