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  「朝日かげけふよりしるき雲のうへのそらにぞ千世のいろも見えける」。

御返し、おほきおとゞきこえたまふ。

  「朝日かげあらはれそむる雲のうへにゆくすゑとほきちぎりをぞしる」。

女のさうぞく細長そへてかづけ給ふ。今日はじめて內のうへ女御の御方にわたらせ給ふ。御供に關白殿、右大臣〈きんすけ〉、內大臣〈きんとも〉、四條大納言〈たかちか〉、權大納言〈さねを〉、家敎通成左大將〈もとひら〉などおしなべたらぬ人々參り給ふ。もちひの使頭中將隆顯つかうまつる。おほきおとゞ夜のおとゞよりとり入れ給ふ。御心の中のいはひいかばかりかとおしはかる。人々のろく紅梅のにほひ、萠黃のうはぎ、葡萄染のからぎぬ、うちき、ほそなが、うら〈こしイ〉ざしなどしなじなに隨ひてけぢめあるべし。かくて今年はくれぬ。正月いつしか后にたち給ふ。たゞ人の御むすめのかく后國母にて立ちつゞきさぶらひ給へるためしまれにやあらむ。おとゞの御さかえなめり。御子二人大臣にておはす。きんすけきんもとゝて大將にも左右に並びておはせしぞかし。これもためしいとあまたは聞えぬ事なるべし。我が御身太政大臣にて、二人の大將を引き具して最勝講なりしかとよ。參り給へりし御いきほひのめでたさは珍らかなる程にぞ侍りし。后國母の御おや御門の御おほぢにて、まことにそのうつはものに足りぬと見え給へり。昔後鳥羽院にさぶらひししもづけの君は、さる世のふるき人にて、おとゞに聞えける。

  「藤なみのかげさしならぶみかさ山人にこえたる木ずゑとぞみる」。

かへし、おとゞ、