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きぐさのみしげりそふ。慰めにはおぼしなれにしことゝて敷島の道にのみぞ御心をのべける。都へもたよりにつけつゝ題をつかはし歌を召せば、あはれに忘れがたく戀ひ聞ゆるむかしの人々、我も我もと奉れるを、つれづれにおぼさるゝあまりに自ら判じて御覽ぜられにけり。家隆の二位も今まで生ける思ひいでに、これをだにと哀にかたじけなくて、こと人々の歌をもこゝよりぞとり集めてまゐらせける。むかしの秀能はありしみだれの後、頭おろして深くこもりゐたり。如願とぞいひける。それもこの度の御歌合にめせば、今更にそのかみの事さこそは思ひいづらめ。例のかずかずはいかでか唯片はしをだに」」とて「「左御製、
「人ごゝろうつりはてぬるはなのいろに昔ながらの山の名もうし」。
右家隆の二位、
「なぞもかく思ひそめけむさくら花山としたかくなりはつるまで」。
秀能、
「わだのはら八十島かけてしるべせよはるかに通ふおきのつり舟」。
山家といふ題にて、また左御製、
「軒端あれてたれかみなせの宿の月すみこしまで〈まイ〉の色やさびしき」。
右家隆、
「さびしさやまだ見ぬ島のやま里を思ひやるにもすむこゝちして」。
法皇〈御イ有〉みづから判のことばを書かせ給へるに、「まだ見ぬ島を思ひや〈るイ有〉らむよりは、年久し