Page:Kokubun taikan 07.pdf/56

提供:Wikisource
このページは検証済みです

ければ、そのまゝの有樣をせさせ給ふとぞ。かくやうにいみじう心ありと思したりし程よりは、よしなし事し給へりとぞ人にいはれ給ふめりし。御甥の八宮に大饗せさせ奉り給ひて、上ごにおはすれば、人々ゑひ〈はイ〉して遊ばむなど思して、「さるべき上達部達疾く出づるものならばしばしなどをかしきさまにとゞめさせ給へ」とよく敎へ申させ給ひけり。さこそ人がら怪しくしれ給へれど、やんごとなきみこの大事にし給ふことなれば人々あまた參り給へりしもこだいなりかし。されどおほやけ事さし合せたる日なれば急ぎ出でたまふに、まことさる事ありつと思しいでゝ大將の御方をあまた度見やらせ給ふに、めをくはせ申し給へば御おもていと赤くなりて、とみにえうちいでさせ給はず、物もえ仰せられで俄におびゆるやうに、おどろおどろしくあらゝかに人々のうへのきぬの片袂おちぬばかりとりかゝらせ給ふに、參りと參れる上達部は末の座まで見合せつゝ、えしづめずやありけむ、顏けしきかはりつゝ、とりあへずごとに事をつけつゝ急ぎ立ちぬ。この入道殿などは若殿上人にておはしましける程なれば、事末にてよくも御覽ぜざりけり。唯人々のほゝゑみていで給ひしをぞ見しとぞこの頃をかしかりし事に語り給ふなる。大將は何せむにかゝる事をせさせ奉りて、又しかのたまへとも敎へ聞えけむとくやしくおぼすに、御色も靑くなりてぞおはしける。誠にみこをばもとよりさる人と知り申したれば、人これをしもそしり申さず。この殿をぞかゝる御心と見る見るせめてなくてあるべき事ならぬに、かく見苦しき御ありさまをあまた人に見せ聞え給へる事とぞ誹り申しゝ。いみじき心ある人と覺えおはせし人の口惜しくてそくか