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使のわたらせ給へるなりと馬部といふ者の申しければ、門開きていづみのもとに、御使の藏人入れ侍りけるに、「仰せごとになむ。月のうたのすぐれたるはいづれかあると仰せはべりつれば、俄に馬つかさの御馬めして、急き對面する」よしなどたれにか有りけむ、その時の藏人の申し侍りければ、

  「月よゝしよゝしと人につげやらばこてふに似たりまたずしもあらず」

といふうたをなむ申しけるが、同じ御ときの事にや侍りけむ、たしかにもきゝ侍らざりき。


今鏡第十

    うちぎゝ

     敷島のうちぎゝ

中頃男ありけり。女を思ひてときどき通ひけるに、をとこある所にて、ともし火のほのほの上にかの女の見えければ、これは忌むなるものを、火のもゆる所をかきおとしてこそその人に飮ますなれとて紙につゝみてもたりける程に、事繁くしてまぎるゝことありければ、わすれて、一日二日過ぎて思ひ出でけるまゝにゆけりければ、「惱みて程なく女隱れぬ」といひければ、いつしか往きて、かのともしびのかきおとしたりし物を見せでと、わが過ちに悲しくおぼえて、つねなき鬼に一口にくはれけむ心うさ、足ずりをしつべく歎き泣きけるほどに、