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りけむ。年頃すみたまひし、れんぜい東の洞院よりにや侍りけむ。なゝ夜かちより御束帶にて、石淸水の宮に參り給ひけるに、光淸ときこえし別當、御設けなど房とかいふにして御きそく聞こえけれど、「殊更にたちやどることなくて、此の度は參らむと心ざしたれば、えなむ入るまじき」とてより給はざりけるに、七夜參り果て給ひける夜、みつといふところにおいてたてまつりける。

  「さいはいとさんぞのおまへ伏しをがみ七夜のねがひとをながらみて」

とよめりけるを、御神のみことゝたのまむとて、御ふところに納めさせたまひて、かへさに乘り給ふ御馬鞍おきながらぞ引きて給はせける。その御とも人などいかばかりなる御心ざしにて、かくかちの御物まうで夜をかさねさせ給ふらむ、あら人神、昔の帝におはしませば、流れのとだえさせ給ふ御事にやなどおぼつかなくおぼえけるに「臨修正念往生極樂」としのびて唱へさせ給ひける御ねぎごとにてぞ、あはれにかなしくうけ給はりしときこえ侍りける。おほいどの後には大將も辭し給ひて、たゞ左のおとゞとておはしき。仁和寺に花園といふ所に、山里作りいだして通ひ給ひき。四十にあまりてやうせ給ひにけむ。近くなりては御ぐしおろし給ひけるに、すがたは猶昔にかはらず淸らにて、少しおもやせてぞ見えたまひける。岩倉なるひじり呼びて、ゑぼうし直衣にて出でゝ御ぐしおろし給ひける。いと悲しく見奉る人も、淚おさへがたくなむありける。ゑちごのめのと、風いたみける頃、花にさして、

  「われはたゞ君をぞをしむ風をいたみ散りなむ花は又も咲きなむ」