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と御覽じけるに、瀧口なにがしとかいふ者、射むとしけるに、兄に似てつはものゝおぼえある家の者にて侍るなるが、的たてはべりけるを見て、「弟のいかに、兄の的たてによるか。いとやさしきことなり」とて、なき給ひければ、二條の帥は、「行兼〈兼行イ〉がやぶさめ射むに、公兼が的たてむ、あはれなるべきことかは」とぞ侍りける。またある源氏のむさのやさしく歌よみあそびなどしけるに、指貫のくゝりのせばく見えければ、「おのづからの事もあらば、さは、きとあげむずるか」などいひても淚ぐみ給ひけり。また三井寺に侍りける山伏の、法橋になれりけると語らひたまひても、「山伏ゆかしくは、それがし見よなどいふらむこそ、大峯のすがたゆかしけれ」などいひても、うちしぐれたまひけりと聞こえ給ひき。やすき事も物をほむる心にて、かくなむおはしける。弟の按察の大納言重通と聞こえ給ひしは、みめなどは似通ひ給へりけるが、いますこしにほひありて、あいつかはしきやうにぞおはしける。いと能などはおはせねども、笙の笛吹き、琵琶ひき給ひき。法性寺殿にぞ、常はしたしくさぶらはせ給ひけるに、殿も此の大納言も過ぎておはするのちなども、なつかしく、さと薰る香ぞおはしける。にほふ兵部卿かをる大將などおぼえ給ひけるなるべし。このふたりの大納言たち、御子もおはせで、みな人の子をぞ養ひ給ひける。

     ますみの影

閑院の春宮大夫と申すも高松の御はらなり。贈太政大臣能信と申す。白河の院の御おはぢ贈皇后宮の御おやにて、誠の御むすめにこそおはしまさねども、いとやんごとなし。この殿は