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ついぢのうらうへ、とゞこほる所おはせざりける、餘りに到らぬ隈もおはせざりければ、宮內卿有賢と聞こえられし人の許なりける女房に、しのびてよるよる樣をやつして、通ひ給ひけるを、さぶらひどもいかなるものゝふの、局へいるにかとおもひて、窺ひてあしたに出でむを討ち伏せむといひ、支度しあへりければ、女房いみじく思ひなげきて、例の日暮れにければ、おはしたりけるに、泣く泣くこの次第をかたりければ、「いといと苦しかるまじきことなり。きとかへりこむ」とていで給ひにけり。女房のいへる如くに門どもさしまはして、さきざきにも似ずきびしげなりければ、人なかりける方のついぢを、やすやすと越えておはしにけり。女房は、かく聞きておはしぬれば、又はよもかへり給はじと思ひけるほどに、とばかりありて袋をてづからもちて、又ついぢを越えてかへりいり給ひにけり。あしたには此のさぶらひども、いづらいづらとそゝめきあひたるに、日さし出づるまで出で給はざりければ、さぶらひども杖などもちて打ち伏せむずる設けをして、目をつけあへりけるに、ことの外に日高くなりて、まづ折烏帽子のさきを、さし出だし給ひけり。次に柿の水干の袖のはしをさし出だされければ、「あは、すでに」とて、おのおのすみやきあへりけるほどに、その後新しき沓をさし出だして、綠におき給ひけり。こはいかにと見る程に、いと淸らかなる直衣に、織物の指貫着て步み出で給ひければ、このさぶらひども逃げまどひ、土をほりてひざまづきけり。沓をはきて庭におりて、北の對のうしろをあゆみ參りければ、つぼねつぼねたてさわぎけり。中門の廊にのぼり給ひけるに宮內卿もたゝずみありかれけるが、いそぎ入りて裝束し