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おぼされて、

  「君がすむ宿の梢を〈のイ〉ゆくゆくと〈もイ〉かくるゝまでも顧みしかな〈はやイ〉」。

又播磨の國におはしつきて、明石のうまやといふ所に御やどりせしめ給ひて、うまやの長のいみじう思へる氣色を御覽じて作らしめ給へる詩いとかなし。

  「驛長無驚時變改

   一榮一落是春秋」。

かくて筑紫におはしまし着きて、哀に心ぼそくおぼさるゝ夕、をちかたに所々けぶりたつを御覽じて、

  「夕されば野にも山にもたつけぶりなげきよりこそもえまさりけれ」。

又、雲の浮きてたゞよふを御覽じても、

  「山わかれとびゆく雲のかへりくるかげ見る時は〈ぞイ〉尙賴まれぬ〈るゝイ〉」。

さりともと世をおぼしめされけるなるべし。月のあかき夜、

  「海ならずたゞよふ水のそこまでもきよきこゝろは月ぞてらさむ」。

これいと畏くあそばしたりかし。げに月日よりこそは照し給はめとこそはあめれ。誠におどろおどろしきことはさるものにて、かくやうのうたや詩などをさへ、いとなだらかにゆゑゆゑしういひ續け給ふ」」と見聞く人めもあやにあさましく哀にもまもりゐたり。物のゆゑ知りたる人なども、むげに近く居よりてほかめせず見聞くけしきどもを見て、いよいよはへて物を繰り出すやうにいひ續くるほどぞ誠にけうなるや。繁樹、淚をのごひつゝけうじゐたり。