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そ。

  「すべらぎの千代のみかげにかくれずばけふ住吉の松を見ましや」

などよまれはべりけると聞こえ侍りし。誠にかひがひしき人におはすべし。かの少納言、からの文をも博く學び、やまと心もかしこかりけるにや。天文などいふ事をさへ習ひて、才ある人になむ侍りける。よはひさまで古き人にても侍らざりしに、今の世にも、いかにめでたく侍らまし。御めのとは、代々もなきにはあらぬを、近衞のすけなど、かりそめにもあらで、四位の少將中將なるに、樣々の國の司などかけて、あまりに侍りけるにや。はねあるものは前の足なく、角あるものは、かみの齒なき事にて侍るを、さして道の人ならぬ、天文などのおそれある事にや。よろづめでたく侍りしに、惜しくも侍るかな。かくて保元三年八月十六日くらゐ東宮にゆづり申させ給ふ。位におはします事三年なりき。おりゐのみかどにて、御心のまゝに世をまつりごたむとおもほしめすなるべし。さきざきのみかど位につかせ給ひ院など申せどもわがまゝにせさせ給ふ事は有り難きに、並ぶ人もおはしまさず。八卷のみのりをうかべさせ給ひて、さまざま勤め行はせ給ふなれば、昔の契りにおはしますなるべし。千體の千手觀音の御堂たてさせ給ひて、天龍八部衆などいきてはたらかすといふばかりこそは侍るなれ。鳥羽の院の千體の觀音だにこそ、ありがたく聞こえ侍りしに、千手の御堂こそ、おぼろげの事とも聞こえ侍らね。熊野をさへうつして、都につくらせ給へらむこそ、遠くまゐらぬ人のためも、いかにめづらしく侍らむ。比叡などをもいはひすゑたてまつらせ給へ