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くて年ふる程に御母きさき院號ありて、女院とておはしませば、院の后の女院、三人おはします。內には后二人立ち給ひて、いとかたがた、多くおはする頃なるべし。

     蟲のね

此のみかど御みめも御心ばへもいとなつかしくおはしましけるに、末になりて、御目を御覽ぜざりければ、かたがた御祈りも御藥も、然るべきにや、かひなくて、すゑざまには年のはじめの行幸などもせさせ給はずなりにけり。攝政殿たぐひなく思ひたてまつらせ給ふ。みかどもおろかならず思ひかはさせ給ひて、殿の、御弟にこめられさせ給ひて、藤氏の長者などものかせたまひたるを、幼き御心に歎かせ給ふ。殿もみかどの例ならぬ御事を歎かせ給ふほどに、十七にやおはしましけむ。初秋の末に、日ごろ例ならぬ事おはしまして、かくれさせ給ひぬれば、世の中はやみに惑へる心ちしあへるなるべし。さりとてあるべきにあらねば、鳥羽の院には、次のみかど定めさせ給ふに、誠にや侍りけむ。女院の御事のいたはしさにや。姬宮を女帝にやあるべきなどさへ計らはせ給ふ。又仁和寺の若宮をなど定めさせ給ひけれどことわりなくて、ひと日は過ぎて世の中思しめし恨みたる御有樣なるべし。たゞおはしまさむだにをしかるべきを、歌をも幼くおはします程に、すぐれてよませ給ひ、法文のかたも、然るべくてやおはしましけむ。心にしめて、經などをも訓に讀せ給ひて、それにつけても二十八品の御歌などよませ給ふ。おなじ歌と申せども此の比のうちあるさまにもあらず、昔の上手などのやうによませ給ひける。おほくよませ給ひける中に、世を心細くや思しめしけむ。