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法をもてなさせ給ふにこそはべるなれ。ひえの明神は法華經守り給ふ神におはします。深き御法を守り給ふ神におはすれば、動きなく守り給はむ爲に、世の中の人をも廣く惠み、しるしをも極め施したまふなるべし。石淸水の行幸、はじめてせさせ給ひけるに、物見車どものかな物うちたるを御覽じて、御輿とゞめさせ給ひて、ぬかせ給ひける。御めのとの車より「いかでか我が君のみゆきに此の車ばかりはゆるされ侍らざらむ」と聞こえければ、此のよしをや奏しけむ。そればかりぞ、ぬかれ侍らざりけるとかや。賀茂のみゆきには、金物ぬきたる跡ある車どもぞ、立ちならびて侍りける。大極殿、さきのみかどの御時、火事侍りしのち、十年過ぐるまで侍りしに、位につかせ給ひて、いつしか造りはじめさせ給ひて、よとせといふに、つくり建てさせ給ひにしかば、わたらせ給ひて、慶びの詩など、作られ侍りけり。よろづの事昔にも耻ぢず行はせ給ひて、山の嵐枝もならさぬ御世なれば、雲居にて千歲をも過ぐさせ給ふべかりしを、世の中さだまりて、心安くやおぼしめしけむ、また高き雲の上にて、世の事もおぼつかなく、深き宮の中は、世を治めさせたまふも、わづらひ多く、今すこしおりゐのみかどゝて、御心のまゝにとやおぼしめしけむ。位におはしますこと四年ありて、白河のみかど東宮におはしましゝに讓り申させ給ひき。御母女院、御むすめの一品の宮など、具したてまつらせ給ひて、住のえにまうでさせ給ふとて、

  「住よしの神もうれしと思ふらむむなしき船をさしてきたれば」

とよませ給へる、みかどの御歌とおぼえて、いと面白くも聞こえはべる御製なるべし。おり