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もとむとてものへまかりしに、野中に女にあひ侍りにき。この男かたらひよりて「我が妻になりなむや」といひき。この女「いかにものたまはむに從ふべし」といひしかば、相具して家にかへりてすむ程に、をのこ子一人うみてき。かくて年月をすぐすに家にある犬十二月十五日に子をうみてき。その犬の子すこしおとなびてこのめの女を見る度每にほえしかば、かのめの女いみじくおぢて、男に「これうち殺してよ」といひしかども、をうとの男聞かざりき。このめの女米しらぐる女どもに物くはせむとて、からうすのやに入りにき。その時この犬走りきてめの女を食はむとす。このめの女驚き恐れてえたへずして野干になりてまがきの上にのぼりてをり。男これを見てあさましと思ひながらいはく「汝と我とが中に子既にいできにたり。われ汝をわするべからず。常にきて寢よ」といひしかば、その後きたりて寢侍りき。さてきつねとは申しそめしなり。そのめは桃の花染の裳をなむ着て侍りし。その產みたりし子をばきつとぞ申しゝ。力つよくして走ること飛ぶ鳥の如く侍りき。


水鏡卷中

   卅二敏達天皇

   卅三用明天皇

   卅四崇峻天皇

   卅五推古天皇

   卅六舒明天皇

   卅七皇極天皇