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ふ事おはしまさゞりければ、そら事のやうにぞおはしましける。御眼などもいときよらにおはしますばかり、いかなる折にか時々は御覽ずる時もありけり。「御簾のあみ緖の見ゆる」なども仰せられて、一品宮ののぼらせ給へりけるに、辨のめのとの御供に候ふが、さしぐしを左にさゝれたりければ、「あごよ、など櫛はあしくさしたるぞ」とこそ仰せられけれ。この宮をことのほかにかなしうし奉らせ給ひて、御ぐしのいとをかしげにおはしますをさぐり申させ給ひては、「かく美くしうおはする御ぐしをえ見奉らぬこそ心うけれ口惜しけれ」とて、ほろほろと泣かせ給ひけるこそあはれに侍れ。渡らせ給ふ度ごとにはさるべき物を必ず奉らせ給ふ。三條院の御券を具して歸りわたらせ給へりけるを、入道殿御覽じて、「かしこくおはしける宮かな。幼き御心にふるほぐとおぼしてうち捨てさせ給はで、もてわたらせ給へるよ」と興じ申させ給ひければ、「まさなくも申させ給ふものかな」と御めのとたち笑ひ給ひける。冷泉院も奉らせ給ひけれど、「むかしより御門の御領にてのみさふらふ所を今更に私の物になり侍らむ、びんなきことなり。おほやけものにて候ふべきなり」とて返し申させ給ひければ、代々のわたりものにて、朱雀院のおなじ事に侍るべきにこそ。この御目のためによろづにつくろひおはしましけれど、そのしるしあることもなきいといみじき事にて、もとより御風重くおはしますに、くすしどもの「大小寒の水を御ぐしにいさせ給へ」と申しければ、氷りふたがりたる水を多くかけさせ給ひけるに、いといみじく慄ひわなゝかせ給ひて、御色もたがひにおはし給ひたりけるなむ、いとあはれに悲しく人々見まゐらせ給けるとぞうけた