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御覽ずる度ごとには九條殿しほたれさせ給はぬをりなし。まことにその後はひとりずみにてぞやませ給ひにし。このうみおき奉らせ給へりし太政大臣殿をば御姉の中宮更なり、世のつねならぬ御ぞう思ひにおはしませば、やがて養ひ奉らせ給ふ。內にのみおはしまして、御門もいみじうらうたきものにせさせ給へば、常には御前にさぶらはせ給ふ。何事も宮達の御同じやうにかしづきもてなし申させ給ふに、御物めす御臺のたけばかりをぞ一寸おとさせ給ひけるをけぢめにしるき事にはせさせ給ひける。昔はみこたちにもをさなくおはします程は內ずみせさせ給ふ事なかりけるに、この若君のかくてさぶらはせ給へば、あるまじき事とそしり申せど、かくておひたゝせ給へれば、なべての殿上人などになずらはせ給ふべきならねど、若うおはしませばおのづから御たはぶれなどの程にも並々にふるまはせ給ひしなれば、圓融院の御門同じほどのをのこどもと思ふにや、「かゝらであらばや」などぞうめかせ給ひける。かゝる程に御年積らせ給ひて、又御うまごの頭中將公成の君をことの外にかなしがり給ひて、內にも御車のしりに具せさせ給はぬかぎりはまゐらせたまはず。さるべき事のをりもこの君遲くまかりいで給へば、ゆば殿に御さきばかり參らせ給ひてぞ待ち立たせ給へれば、見奉り給ふ人「などかくてはたゝせ給へる」と申させたまへば、「いでまかり侍るなり」とぞおほせられける。無量壽院の金堂供養に東宮行啓ある御車に侍はせたまひて、「ひとみち公成おぼしめせよおぼしめせよ」とおなじ事を啓せさせ給ひける、「あはれなるものから、をかしくなむありし」とこそ宮おほせられけれ。繁樹がめひのむすめの中務のめのとの