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村上二代のみかどのひとつ御腹のいもうとにおはします。さて內ずみしてかしづかれおはしましゝを、九條殿の女房をかたらひて、みそかに參らせ給へりしぞかし。世の人びなきことに申しゝ、村上のすめらぎも安からぬ事に思し召しおはしましけれど、色にいでゝ咎め仰せられざりにしも、この九條殿の御おぼえのかぎりなきによりてなり。さて又人々うちさゝめき、うへにも聞し召さぬ程に、雨おどろおどろしくふり神なりひらめきし日、この宮うちにおはしますに、「殿上の人々四の宮の御方に參れ。恐しく思し召すらむ」と仰ごとあれば誰もまゐり給ふに、小野宮のおとゞぞかし、「まゐらせしはおまへのきたなきに」とつぶやき給ふは。後にこそみかど思し召しあはせけめ。さて殿にまかでさせ奉りて、思ひかしづき奉らせ給ふといへば、さらなりや。さる程にこの太政大臣をはらみ奉り給ひて、いみじう物の心ぼそく覺えさせ給ひければ、「まろは更にあるまじき心ちなむする。よし見たまへよ」と男君に常にきこえさせ給うければ、「まことにさもおはしますものならば、片時もおくれ申すべきならず。もし心にあらずながらへさぶらはゞ、出家し必ず侍りなむ。又ふたつこと人見るといふ事はあるべきにも侍らず。天がけりても御覽ぜよ」と申させ給ひける。法師にならせ給はむことはあるまじとや思し召しけむ。ちひさき御唐櫃一よろひに片つかたは御ゑぼうし今かたつ方にはしたうづを一からびつづゝ御手づからつふとぬひいれさせ給ひけるを殿はさも知らせ給はざりけり。さて遂にうせさせ給ひにしは。さればこの太政大臣は生れさせ給へる日をやがて御忌日にておはしますなり。かのぬひおかせ給ひし御ゑぼうし、御したうづ