Page:Kokubun taikan 07.pdf/105

提供:Wikisource
このページは校正済みです

あひて見えけれ。さばかりの人の北の方と申すべくも見えざりけれど、もとの北の方重明の式部卿の宮の姬宮、貞觀殿の內侍のみの御腹、やんごとなき人と申しながら、かたち有樣めでたくおはしけるに、かゝる人に思しうつりてさり奉らせ給ひけむほど思ひはべる、たゞとくのありてかくもてかしづき聞ゆるに思ひのおはしけるにや。やんごとなき人だにこそかくはおはしけれ。あはれ翁らが心にだに、いみじき寳をふらしてあつかはむといふ人ありとも、年ごろの女どもをうち捨てゝまからむは、いとをかしかりぬべきに、さばかりにやんごとなくおはします人は不合におはすといふとも、翁らがやどりのやうに侍らむやは。この今の北の方、ことに世の人にも輕く思はれ、世おぼえも劣り給ふらし。いと口をしきことに侍るや。さばかりの事おぼしわかぬやう侍るべしや。あやしの翁らが心に劣らせ給はむやはと思ひ給ふれど、口をしく思ひ給ふることなりしかば申すぞや」」とてほゝゑむ氣色はづかしげなり。「さばかりの人だにかくおはしましければ、それより次々の人のいかなるふるまひもせむ、ことわりなりや。翁らが心ちの年頃あやしのやどりに、わりなき世を念じすごして侍りつるこそ有難く覺え侍りつれ。心よくうちすみたりし顏氣色こそいとをかしかりしか。さて時々もとの上の御もとへ坐しまさむとて、牛かひ車ぞひなどに、「そなたへ車をやれ」と仰せられけれど更に聞かざりけり。この今の北の方、侍、雜色、隨身、車ぞひなどにさうぞくものとらする事はさるものにて、日每に酒をいだして飮ませ遊せ、いみじき志どもをしける、そのけにやかくしけるを、それ又いと怪しき御心なりや。雜色牛かひの心にまかせて、それに