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て忍びたれば、思ひもよらずかい放つ。「道にていとわりなく恐しき事のありつれば怪しき姿になりてなむ。火暗うなせ」とのたまへば、あないみじとあわて惑ひて、火は取りやりつ。「われ人に見すなよ。來たりとて人おどろかすな」といとらうらうじき御心にて、もとよりほのかに似たる御聲を唯かの御けはひにまねびて入り給ふ。ゆゝしきことのさまとのたまへる、いかなる御姿ならむといとほしくて、我もかくろへて見奉る。いとほそやかになよなよとさうぞきて、かのかうばしきことも劣らず。近う寄りて、御ぞども脫ぎ、なれがほに打ち臥し給へれば、「例のおましにこそ」などいへど物ものたまはず。御ふすままゐりて寢つる人々起して、少ししぞきて皆寢ぬ。御供の人など、例のこゝには知らぬならひにて、「哀なる夜のおはしましさまかな。かゝる御有樣を御覽じしらぬよ」など、さかしらがる人もあれど、「あなかま給へ。よごゑはさゝめくしもぞ、かしかましき」などいひつゝ寢ぬ。女君はあらぬ人なりけりと思ふに、あさましういみじけれど聲をだにせさせ給はず。いとつゝましかりし所にてだに、わりなかりし御心なれば、ひたぶるにあさまし。初よりあらぬ人と知りたらば聊いふかひもあるべきを、夢の心ちするに、やうやうそのをりのつらかりしこと、年頃思ひわたるさまのたまふに、この宮と知りぬ。いよいよはづかしく、かのうへのおぼさむことなど思ふに、又猛きことなければ、限りなうなく。宮もなかなかにて、たはやすくあひ見ざらむことなどをおぼすに、泣き給ふ。夜はたゞあけに明く。御供の人來てこわづくる。右近聞きて參れり。出で給はむこゝちもなく飽かずあはれなるに、又おはしまさむことも難ければ京には求