Page:Kokubun taikan 02.pdf/389

提供:Wikisource
このページは校正済みです

ふ。をかしやかなることもなく、いとまめだちておぼしけることゞもをこまごまと書き續け給へれど、人めしげうさわがしからむにとて御かへりなし。數ならぬ有樣にてはめでたき御あたりにまじらはむかひなきわざかなといとゞおぼししり給ふ。よそにて隔たる月日は覺束なさもことわりにさりともなどなぐさめ給ふを、近き程にのゝしりおはして、つれなくすぎ給ふなむつらくも口惜しくも思ひ亂れ給ふ。宮はましていぶせくわりなしとおぼすことかぎりなし。あじろのひをも心よせ奉りていろいろの木の葉にかきまぜもてあそぶを、しも人などはいとをかしきことに思へば、人に從ひつゝ心ゆく御ありきに、みづからの御心地は胸のみつとふたがりて空をのみながめ給ふに、このふる宮のこずゑはいとことにおもしろく、常磐木にはひまじれる蔦の色なども物ふかげに見えてとほめさへすごげなるを、中納言の君もなかなかたのめ聞えけるをうれはしきわざかなとおぼゆ。こぞの春御供なりし君達は花の色を思ひ出でゝ、後れてこゝに眺め給ふらむ心細さをいふ。かう忍び忍びに通ひ給ふとほのぎゝたるもあるべし、心しらぬもまじりて、大かたにとやかくやと人の御うへはかゝる山がくれなれどおのづから聞ゆるものなれば、「いとをかしげにこそ物し給ふなれ。箏の琴上手にて、故宮の明暮遊びならはし給ひければ」などくちぐちにいふ。宰相中將、

 「いつぞやも花のさかりにひとめ見し木の本さへや秋はさびしき」、あるじ方と思ひていへば、中納言、

 「櫻こそ思ひしらすれさきにほふ花ももみぢもつねならぬ世を」。衞門督、