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どいかゞはせむ、これもさるべきにこそはと思ひゆるして心まうけし給へり。船にてのぼりくだり漕ぎめぐりおもしろく遊び給ふも聞ゆ。ほのぼの有樣見ゆるを、そなたに立ち出でゝ若き人々見奉る。さうじみの御有樣はそれと見わかねども、紅葉をふきたる船のかざりの錦と見ゆるに、聲々ふき出づる物の音ども、風につきておどろおどろしきまでおぼゆ。世の人の靡きかしづき奉るさま、かく忍び給へる道にもいと殊にいつくしきを見給ふにも、げに七夕ばかりにてもかゝる彥星の光をこそ待ち出でめなどおぼえたり。文作らせ給ふべき心まうけに博士などもさぶらひけり。たそがれどきに、御船さしよせてあそびつゝ文つくり給ふ。紅葉をうすくこくかざして海仙樂といふものを吹きておのおの心ゆきたる氣色なるに、宮はあふみの海の心地して、をち方人のうらみいかにとのみ御心そらなり。時につけたる題出してうそぶきずしあへり。人のまよひすこししづめておはせむと中納言もおぼして、さるべきやうに聞え給ふほどに、內より中宮のおほせごとにて、宰相の兄の衞門の督ことごとしき隨身ひきつれてうるはしきさまして參り給へり。かうやうの御ありきはしのび給ふとすれどおのづからことひろごりて、後のためしにもなるわざなるを、おもおもしき人數あまたもなくて俄におはしましにけるを聞しめしおどろきて、殿上人あまた具して參りたるにはしたなくなりぬ。宮も中納言も苦しとおぼして物の興もなくなりぬ。御心のうちをばしらずゑひみだれて遊びあかしつ。今日はかくてとおぼすに、又宮の大夫さらぬ殿上人などあまた奉り給へり。心あわたゞしくて口をしくかへり給はむそらなし。かしこは御文をぞ奉れ給