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心かな。今朝ぞものゝあやめも見ゆる程にて人々のぞきて見奉る。「中納言殿は、なつかしく恥しげなるさまぞそひ給へりける。思ひなしの今ひときはにや、この御さまはいとことに」などめで聞ゆ。道すがら心苦しかりつる御氣色をおぼしいでつゝ、立ちもかへりなまほしくさまあしきまでおぼせど、世の聞えを忍びて歸らせ給ふほどに、えたはやすくも紛れさせ給はず、御文は明くる日ごとにあまたかへり奉らせ給ふ。おろかにはあらぬにやと思ひながら、おぼつかなき日數の積るをいと心づくしに見じと思ひしものを、身にまさりて心苦しくもあるかなと姬君はおぼし歎かるれど、いとゞこの君の思ひしづみ給はむによりつれなくもてなして、みづからだに猶かゝること思ひ加へじといよいよふかくおぼす。中納言の君も待ち遠にぞおぼすらむかしと思ひやりて、我があやまちにいとほしくて宮を聞えおどろかしつゝ絕えず御氣色を見給ふに、いといたくおもほしいれたるさまなれば、さりともとうしろやすかりけり。九月十日の程なれば、野山の氣色も思ひやらるゝに、時雨めきてかきくらし空のむら雲おそろしげなる夕暮、宮いとゞしづ心なくながめ給ひて、いかにせむと御心ひとつを出で立ちかね給ふをり、推し量りて參り給へり。「ふるの山里いかならむ」とおどろかし聞え給ふ。いと嬉しとおぼして、諸共にいざなひ給へば、例のひとつ御車にておはす。分け入り給ふまゝにぞまいて眺め給ふらむ心のうちいとゞ推し量られ給ふ。道のほども唯この事の心苦しきを語らひ聞え給ふ。たそがれ時のいみじく心ぼそげなるに、雨は冷やかにうちそゝぎて秋はつる氣色のすごきに、うちしめりぬれ給へるにほひどもは、世のものに似ずえん