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げにて、かぎりなくいつきすゑたらむ姬君もかばかりこそはおはすべかめれ、思ひなしの我が方ざまのいといつくしきぞかし、こまやかなるにほひなどうちとけて見まほしうなかなる心ちす。水の音なひはなつかしからず、宇治橋のいと物ふりて見え渡さるゝなど、霧晴れ行けばいとゞあらましき岸のわたりを、「かゝる處にいかで年をへ給ふらむ」などうち淚ぐまれ給へるをいと恥しと聞き給ふ。男の御さまのかぎりなくなまめかしく淸らにて、この世のみならず契りたのめ聞え給へば、思ひよらざりしことゝは思ひながら、なかなかかのめなれたりし中納言の恥しさよりはとおぼえ給ふ。かれは思ふかたことにていといたくすみたる氣色の見えにくゝ恥しげなりしに、よそに思ひ聞えしはましてこよなく遙に、一くだりかき出で給ふ御返しだにつゝましくおぼえしを、久しうとだえ給はむは心ぼそからむと思ひならるゝも、我ながらうたてと思ひしり給ふ。人々いたくこわづくりもよほし聞ゆれば、京におはしまさむ程、はしたなからぬ程にといと心あわたゞしげにて、心より外ならむ夜がれを、かへすがへすのたまふ。

 「中絕えむものならなくにはし姬のかたしく袖や夜はにぬらさむ」。出でがてに立ち返りつゝやすらひ給ふ。

 「たえせじのわがたのみにや宇治橋のはるけき中を待ちわたるべき」。ことには出でねど物なげかしき御けはひ限なくおぼされけり。若き人の御心にしみぬべく、類ひすくなげなるあさげの姿を見送りて、名殘とまれる御移り香なども人知れず物あはれなるは、ざれたる御