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とかく暗くなりぬめるを心も亂れてなむ」と歎しげにおぼしたり。能く御氣色を見奉らむとおぼして、「日ごろ經てかく參り給へるを、今夜さぶらはせ給はで急ぎまかで給ひなむ、いとゞよろしからぬことにや、おぼし聞えさせ給はむ。臺盤所の方にてうけたまはりつれば、人知れず煩はしき宮仕のしるしに、あいなきかんだうや侍らむと顏の色違ひ侍りつる」と申し給へば、「いと聞きにくゝぞおぼしのたまふや。多くは人のとりなすことなるべし。世にとがめあるばかりの心は、何事にかはつかふらむ。すべて所せき身の程こそなかなかなるわざなりけれ」とて、誠にいとはしくさへおぼしたり。いとほしう見奉り給ひて、「同じ御さわがれにこそはおはすなれ。今夜の罪にはかはり聞えさせて、身をもいたづらになし侍りなむかしこはたの山に馬はいかゞ侍るべき。いとゞものゝ聞えやさはり所なからむ」と聞え給へば、たゞくれにくれて更けにける夜なれば、おぼしわびて御馬にて出で給ひぬ。「御供にはなかなかつかふまつらじ、御うしろみを」とてこの君は內にさぶらひ給ふ。中宮の御方に參り給へれば、「宮は出で給ひぬなり。あさましくいとほしき御さまかな。いかに人見奉るらむ。上きこしめしてはいさめ聞えぬがいふかひなきとおぼしのたまふこそわりなけれ」とのたまはす。あまた宮達のおとなびとゝのひ給へど、大宮はいよいよ若くをかしきけはひなむまさり給ひける。女一宮もかくぞおはしますべかめる。いかならむ折にかかばかりにても物近く御聲をだに聞え奉らむとあはれにおぼゆ。すいたる人の思ふまじき心づかふらむも、かうやうなる御なからひの、さすがにけ遠からずいりたちて心にかなはぬ折の事ならむかし、我が心