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べき」など、例の物ふかゝらぬ若人どもの用意をしへ給ふ。宮は人げにおされ給ひていとちひさくをかしげにてひれふし給へり。「若君らうがはしからむ。抱きかくし奉れ」などのたまふ。北のみさうじも取り放ちて御簾かけたり。そなたに人々はいれ給ふ。しづめて宮にも物の心しり給ふべきしたかたを聞えしらせ給ふ。いと哀に見ゆ。おましを讓り給へる佛の御しつらひ見やり給ふもさまざまに、「かゝる方の御營みをも諸共に急がむものとは思ひよらざりしことなり。よし後の世にだにかの花のなかのやどりに隔てなくとおもほせ」とて、うちなき給ひぬ。

 「はちす葉をおなじうてなと契りおきて露のわかるゝけふぞ悲しき」と御硯にさしぬらして香染めなる御扇に書きつけ給へり。宮、

 「へだてなく蓮の宿をちぎりても君がこゝろやすまじとすらむ」と書き給へれば、「いふかひなくもおもほしくたすかな」と打ち笑ひながら、猶哀と物をおもほしたる御氣色なり。例のみこたちなどもいとあまた參り給へり。御かたがたよりわれもわれもといとなみ出で給へる御ほうもちのありさま心ことに所せまきまで見ゆ。七僧の法服などすべて大方のことゞもは皆紫の上せさせ給へり。綾のよそひにて袈裟の縫目まで見しる人は世になべてならずとめでけりとや。むつかしうこまかなる事どもかな。かうじのいとたふとく事の心を申してこの世にすぐれ給へる盛を厭ひはなれ給ひて、長きよゝにたゆまじき御契を法華經に結び給ふ。尊く深きさまをあらはして只今の世に才もすぐれゆだけきさきらをいとゞ心し