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ふ。姬君はかくさすがなる御けしきを、我がみづからのうさぞかし、親などに知られ奉り、世の人めきたるさまにてかやうなる心ばへならましかば、などいと似げもなくもあらまし、人に似ぬ有樣こそ遂に世がたりにやならむとおきふしおぼしなやむ。さるは誠にゆかしげなきさまにはもてなしはてじとおとゞはおぼしけり。猶さる御心ぐせなれば、中宮などもいとうるはしくやは思ひ聞え給へる。ことに觸れつゝたゞならず聞え動しなどし給へど、やんごとなき方の及びなさに煩はしくており立ちあらはし聞え給はぬを、この君は人の御さまもけ近く今めきたるに、おのづから思ひ忍び難きに、をりをり人見奉りつけば疑ひおひぬべき御もてなしなどうちまじるわざなれど、ありがたくおぼし返しつゝさすがなる御中なりけり。五日にはうま塲のおとゞに出で給ひけるついでに渡り給へり。「いかにぞや、宮は夜やふかし給ひし。いたくもならし聞えじ。煩はしきけそひ給へる人ぞや。人の心やぶり物のあやまちすまじき人はかたくこそありけれ」など、いけみ殺しみ誡めおはする御さまつきせず若く淸げに見え給ふ。つやも色もこぼるばかりなる御ぞに薄き御直衣はかなく重れるあはひもいづこに加はれる淸らにかあらむ。この世の人の染め出したると見えず。常の色もかへぬあやめも今日は珍らかにをかしうおぼゆる。かをりなども思ふことなくはをかしかりぬべき御有樣かなと姬君はおぼす。宮より御文あり。白き薄樣にて御手はいとよしありて書きなし給へり。見る程こそをかしかりけれ、まねび出づればことなることなしや。

 「今日さへやひく人もなきみがくれに生ふるあやめのねのみながれむ」。ためしにもひき