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Page:Kokubun taikan 01.pdf/458

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ぎさうぞかせ給ひて、おろし始めさせ給ふ日はうたづかさの人召して船のがくせらる。みこたち上達部などあまた參り給へり。中宮この頃里におはします。かの春まつそのはとはげまし聞え給へりし御かへりもこの頃やとおぼし、おとゞの君もいかでこの花のをり御覽ぜさせむとおぼしのたまへど、ついでなくてかるらかにはひわたり花をもてあそび給ふべきならねば、若き女房達の物めでしぬべきを船に乘せ給うて、南の池はこなたにとほし通はしなさせ給へるを、小さき山をへだての關に見せたれど、その山のさきよりこぎまひてひんがしの釣殿にこなたの若き人々集めさせ給ふ。龍頭鷁首をからのよそひにことごとしうしつらひて、舵とり棹さすわらはべ皆みつらゆひて唐土だゝせてさる大きなる池の中にさし出でたれば、まことの知らぬ國に來たらむ心ちしてあはれにおもしろく見ならはぬ女房などは思ふ。中島の入江の岩かげにさし寄せて見れば、はかなき石のたゝずまひも唯繪に書いたらむやうなり。こなたかなた霞みあひたる梢ども錦を引きわたせるに、おまへの方は遙々と見やられて、色をましたる柳、枝を垂れたる花もえもいはぬにほひをちらしたり。ほかは盛過ぎたる櫻も今さかりにほゝゑみ、廊をめぐれる藤の色もこまやかに開けゆきけり。まして池の水に影をうつしたる山吹峯よりこぼれていみじき盛なり。水鳥どものつがひを離れず遊びつゝ、細き枝どもをくひて飛びちがふ、鴛鴦の波の綾にもんを交へたるなど物の繪やうにも書きとらまほしき、誠に斧の柄もくたいつべう思ひつゝ日をくらす。

 「風吹けば浪の花さへいろ見えてこや名にたてる山ぶきのさき」、