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Page:Kokubun taikan 01.pdf/453

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れは誰ときなるに、物のしらべどもおもしろくこのとのうち出でたる拍子いと華やかなり。おとゞも時々聲うち添へ給へるさきくさの末つかた、いと懷しうめでたく聞ゆ。何事もさしいらへし給ふ御光にはやされて、色ども香をもますけぢめことになむわかれける。かくのゝしる馬車の音をも物隔てゝ聞き給ふ御方々は、はちすの中の世界にまだ開けざらむ心地もかくやと心やましげなり。ましてひんがしの院に離れ給へる御方々は年月に添へてつれづれの數のみまされど、世のうきめ見えぬ山路に思ひなずらへて、つれなき人の御心をば何とかは見奉り咎めむ。その外の心もとなく寂しきことはたなければ、おこなひの方の人はそのまぎれなくつとめ、かなの萬の草紙の學問心に入れ給はむ人はまたその願ひに從ひ、物まめやかにはかばかしきおきてにも唯心の願ひに從ひにたる住ひなり。騷しき日ごろ過して渡り給へり。常陸の宮の御方は人のほどあれば心苦しくおぼして人目のかざりばかりはいとよくもてなし聞え給ふ。いにしへ盛と見えし御若髮も、年ごろに衰へゆき、まして瀧のよどみ恥しげなる御かたはらめなどをいとほしとおぼせば、まほにも向ひ給はず。柳はげにこそすさまじかりけれと見ゆるもきなし給へる人がらなるべし。光もなく黑きかいねりのさいざいしくはりたるひとかさね、さる織物の袿を着給へるいと寒げに心苦し。かさねの袿などはいかにしなしたるにかあらむ。御鼻の色ばかり、霞にもまぎるまじく花やかなるに御心にもあらず打ち歎かれ給ひて、殊更に御几帳引きつくろひ隔て給ふ。なかなか女はさしもおぼしたらず、今はかくあはれに長き御心のほどをおだしきものにうちとけ賴み聞え給へる御