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聞えたまへ。初音惜み給ふべき方にもあらずかし」とて御硯取りまかなひ書かせ奉らせたまふ。いとうつくしげにて明暮見奉る人だに飽かず思ひ聞ゆる御有樣を、今まで覺束なき年月のへだゝりけるも罪えがましく心苦しとおぼす。

 「ひきわかれ年はふれども鶯のすだちしまつのねをわすれめや」。幼き御心にまかせてくだくだしくぞあめる。夏の御すまひを見給へば、時ならぬけにやいとしづかに見えてわざと好ましきこともなく、あてやかに住みなし給へるけはひ見えわたる。年月に添へて御心のへだてもなく、あはれなる御なからひなり。今はあながちに近やかなる御有樣ももてなし聞え給はざりけり。いと睦しくありがたからむいもせの契ばかり聞えかはし給ふ。御几帳隔てたれど少し押し遣り給へばまたさておはす。はなはだげににほひ多からぬあはひにて、御ぐしなどもいたく盛過ぎにけり。やさしき方にあらねどえびかづらしてぞつくろひ給ふべき、われならざらむ人はみざねしぬべき御有樣をかくて見るこそ嬉しくほいあれ、かろき人のつらにて我にそむき給ひなましかばなど、御對面の折々にはまづ我が御心のながさも人の御心の重きをも嬉しく思ふやうなりとおぼしけり。こまやかにふる年の御物語などなつかしく聞え給ひて西の對へ渡り給ふ。まだいたくも住み馴れ給はぬ程よりはけはひをかしくしなして、をかしげなるわらはべの姿なまめかしく、人かげのあまたして御しつらひあるべき限なれども、こまやかなる御調度はいとしも整へ給はぬをさる方に物淸げに住みなし給へる。さうじみもあなをかしげとふと見えて、山吹にもてはやし給へる御かたちなどいと花や