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 「しらずとも尋ねてしらむみしまえに生ふるみくりのすぢは絕えじを」となむありける。御ふみみづからまかでゝのたまふさまなどきこゆ。御さうぞく人々のれうなどさまざまあり。うへにも語らひ聞え給へるなるべし。みくしげどのなどにもまうけの物召し集めて色あひしざまなど異なるをとえらせ給へれば、田舍びたるめどもにはまして珍しきまでなむ思ひける。さうじみはたゞかごとばかりにてもまことの親の御けはひならばこそ嬉しからめ、いかでか知らぬ人の御あたりにはまじらはむとおもむけて苦しげにおぼしたれど、あるべきさまを右近聞え知らせ、人々も、「おのづからさて人だち給ひなばおとゞの君も尋ね聞え給ひなむ。親子の御契は絕えて止まぬものなり。右近が數にも侍らずいかでか御覽じつけられむと思う給へしだに、佛神の御導き侍らざりけりや。まして誰も誰もたひらかにおはしまさば」と皆聞えなぐさむ。「まづ御返しを」とせめてかゝせ奉る。いとこよなく田舍びたらむものをと恥かしくおぼいたり。からの紙のいとかうばしき取り出でゝ書かせ奉る。

 「數ならぬみくりや何のすぢなればうきにしもかくねをとゞめけむ」とのみほのかなり。手ははかなだちてよろぼはしけれど、あてはかにてくち惜しからねば御心おちゐにけり。住み給ふべき御かた御覽ずるに、南の町にはいたづらなるたいどもなどもなし。いきほひことにすみみち給へればけせうに人しげくもあるべし、中宮のおはします町はかやうの人も住みぬべくのどやかなれど、さて侍ふ人のつらにや聞きなさむとおぼして、少しうもれたれど丑寅の町の西の對ふどのにてあるをことかたへ移してとおぼす。あひずみも忍びやかに心