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顏にこそ思ふべけれ。われに似たらばしもうしろやすしかし」と親めきてのたまふ。かく聞きそめて後はめしはなちつゝ、「さらばかの人このわたりに渡い奉らむ。年比物のついで殊にくち惜しう惑はしつることを思ひ出でつるに、いと嬉しく聞き出でながら今までおぼつかなきもかひなきことになむ。ちゝおとゞには何か知られむ。いとあまたもてさわがるめるにかずならでいまはじめ立ちまじりたらむがなかなかなることこそあらめ。われはさうざうしきにおぼえぬ所より尋ね出したるともいはむかし。すきものどもの心つくさするくさはひにていといたうもてなさむ」など語らひ給へば、かつがついと嬉しく思ひつゝ、「たゞ御心になむ。おとゞに知らせ奉らむとも誰かは傳へほのめかし給はむ。いたづらにすぎ物し給ひしかはりには、ともかくもひき助けさせ給はむことこそは罪かるませ給はめ」と聞ゆ。「いたうもかこちなすかな」とほゝゑみながら淚ぐみ給へり。「あはれにはかなかりける契となむ年比思ひわたる。かくてつどへたるかたがたのなかに、かのをりのこゝろざしばかり思ひとゞむる人なかりしを、命長くて我が心ながさをも見はつるたぐひ多かめるなかにいふかひなくてそこばかりをかたみに見るは口惜しくなむ。思ひ忘るゝ時なきにさてものし給はゞいとこそほいかなふ心地すべけれ」とて御せうそこ奉り給ふ。かの末摘花のいふかひなかりしをおぼし出づれば、さやうに沈みておひ出でたらむ人のありさまうしろめたくて、まづふみのけしきゆかしうおぼさるゝなりけり。ものまめやかにあるべかしく書き給ひてはしにかく聞ゆるを、