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わざかなと見合せらる。大殿ごもるとて右近を御あしまゐりにめす。「若き人は苦しとてむつかるめり。なほ年經ぬるどちこそ心かはしてむつびよかりけれ」とのたまへば人々忍びて笑ふ。「さりや。たれかその使ひ馴ひ給はむをばむつからむ。うるさきたはぶれごといひかゝり給ふを煩はしきに」などいひあへり。うへも「年經ぬるどちうちとけ過ぎば、はたむつかり給はむとや」。「さるまじき心と見ねばあやふし」など右近に語らひて笑ひ給ふ。いとあいぎやうづきをかしきけさへ添ひ給へり。今はおほやけに仕へいそがしき御有樣にもあらぬ御身にて世の中のどやかにおぼさるゝまゝに唯はかなき御戯ふれごとをの給ひ、をかしく人の心を見給ふあまりにかゝるふる人をさへぞたはぶれ給ふ。「かの尋ね出でたりけむや、何ざまの人ぞ。たふときすぎやうざ語らひてゐて來たるか」と問ひ給へば、「あな見ぐるしや。はかなく消え給ひにし夕顏の露の御ゆかりをなむ見給へつけたりし」と聞ゆ。「げにあはれなりけることかな。年比はいづくにか」との給へば、ありのまゝには聞えにくゝて「あやしき山里になむ。昔人もかたへは變らで侍りければ、その世の物語し出で侍りて堪へ難く思う給へりし」など聞え居たり。「よし、心知り給はぬ御あたりに」とかくし聞え給へば、うへ「あなわづらはし。ねぶたきに聞き入るべくもあらぬものを」とて御袖して御耳ふたぎ給ひつ。「かたちなどはかの昔の夕顏と劣らじや」などのたまへば、「必ずさしもいかでか物し給はむと思ひ給へりしを、こよなうこそおひまさりて見え給ひしか」と聞ゆれば、「をかしのことや。たればかりとかおぼゆ。この君」とのたまへば、「いかでかさまでは」と聞ゆれば、「したり