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見奉らむ、子も少きがさうざうしきに我が子を尋ね出でたると人には知らせてと、そのかみよりのたまふなり。心の幼かりけることはよろづに物つゝましかりしほどにて尋ねも聞えで過ぐしゝほどに、少貳になり給へるよしは御名にて知りにき。まかり申しに殿に參り給ひし日ほの見奉りしかどもえ聞えで止みにき。さりとも姬君をばかのありし夕顏の五條にとゞめ給へらむとぞ思ひし。あないみじや。田舍人にておはしまさましよ」などうちかたらひつゝ日一日昔物語ねんずなどしつゝ、參りつどふ人のありさまども見くださるゝかたなり。前より行く水をば初瀨川といふなりけり。右近、

 「ふたもとの杉のたちどを尋ねずばふるかはのべにきみを見ましや。嬉しき瀨にも」ときこゆ。

 「初瀨川はやくのことは知らねどもけふの逢ふ瀨に身さへ流れぬ」とうち泣きておはするさまいとめやすし。かたちはいとかくめでたく淸げながら田舍びこちごちしうおはせましかばいかに玉のきずならまし、いであはれ、いかでかくおひ出で給ひけむとおとゞを嬉しく思ふ。母君はたゞいと若やかにおほどかにてやはやはとぞたをやぎ給へりし。これはけ高くもてなしなど恥しげによしめき給へり。筑紫を心にくゝ思ひなすに、みな見し人は里びにたるを心得がたくなむ。暮るれば御堂にのぼりてまたの日も行ひ暮し給ふ。秋風谷より遙に吹きのぼりていとはだ寒きに、ものいとあはれなる心どもにはよろづ思ひつゞけられて人なみなみならむこともありがたきことゝ思ひ沈みつるを、この人の物語のついでにおとゞ