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Page:Kokubun taikan 01.pdf/431

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どしてかたへは片つ方によりぬ。ぜじやうなどひき隔てゝおはします。このくる人も耻しげもなし。いたうかひひそめてかたみに心づかひしたり。さるはかの夜と共に戀ひなく右近なりけり。年月に添へてはしたなきまじらひのつきなくなり行く身を思ひ惱みて、この御寺になむ度々まうでける。れいならひにければかやすく構へたりけれどかちより步み堪へがたくてよりふしたるに、この豐後の介、隣のぜじやうのもとに寄り來て、參りものなるべし、をしき手づから取りて「これはおまへに參らせ給へ。御だいなどうちあはでいとかたはらいたしや」といふを聞くに、我がなみの人にはあらじと思ひて物のはざまより覗けばこの男の顏見し心ちす。誰とはえ覺えず、いと若かりしほどを見しに、ふとり黑みてやつれたれば多くの年經たるめにはふとしも見わかぬなりけり。「三條こゝに召す」と呼びよする女を見ればまた見し人なり。故御かたに、しも人なれど久しく仕うまつうなれてかの隱れ給へりし御すみかまでありしものなりけりと見なしていみじく夢のやうなり。しゆうと思しき人は、いとゆかしけれど見ゆべくもかまへず。思ひわびてこの女に問はむ、兵藤太といひし人も、これにこそあらめ、姬君のおはするにやと思ひよるに、いと心もとなくてこのなかへだてなる三條をよばすれどくひものに心入れてとみにもこぬ、いとにくしとおほゆるもうちつけなりや。辛うじてきて「おぼえずこそ侍れ。筑紫の國にはたとせばかり經にたるげすの身を知らせ給ふべき京人よ。人たがへにや侍らむ」とて寄り來たり。田舍びたるかいねりにきぬなどきていといたうふとりにけり。我がよはひもいとゞおぼえて恥しけれど「なほさしのぞけ、