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き故鄕もなし、知れる人といひよるべきたのもしき人もおぼえず。たゞひと所の御ためによりこゝらの年月住みなれつる世界を放れて浮べる波風に漂ひて思ひめぐらすかたなし。この人をもいかにしなし奉らむとするぞとあきれておぼゆれどいかゞはせむとて急ぎ入りぬ。九條に昔知れりける人の殘りたりけるをとぶらひ出でゝそのやどりをしめおきて都のうちといへどもはかばかしき人の住みたるわたりにもあらず。あやしきいちめあきびとのなかにていぶせく世の中を思ひつゝ秋にもなり行くまゝにきし方行くさき悲しき事多かり。豐後の介といふたのもし人もたゞ水鳥のくがに惑へる心地してつれづれにならはぬあり樣のたつきなきを思ふに、歸らむにもはしたなく心をさなく出で立ちにけるを思ふに、從ひ來たりしものどもゝるゐにふれて逃げ去りもとの國に歸り散りぬ。住みつくべきやうもなきを母おとゞあけくれ歎きいとほしがれば、「何かこの身はいと安く侍り、人ひとりの御身にかへ奉りていづちもいづちも罷りうせなむにとがあるまじ。我等いみじき勢になりてもわが君をさるものゝなかにはふらかし奉りては何心ちかせまし」と語らひ慰めて「神佛こそはさるべき方にも導き奉り給はめ。近き程にやはたの宮と申すはかしこにても參り祈り申し給ひし松浦箱崎同じ社なり。かの國を離れ給ふとても多くの願立て申し給ひき。今都にかへりてかくなむ御しるしをえてまかり上りたると早く申し給へ」とてやはたにまうでさせ奉る。そのわたり知れる人にいひ尋ねてごしとて早く親の語らひしだいとこの殘れるを呼びとりてまうでさせ奉る。うちつぎては「佛の御なかには、はつせなむ日の本のうちには、