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になりなば同じ心に勢をかはすべき事」など語らふに二人は赴きにけり。「しばしこそ似げなくあはれと思ひ聞えけれ。おのおの我が身のよるべと賴まむにいとたのもしき人なり。これに惡しくせられては、この近き世界にはめぐらひなむや。よき人の御すぢといふとも親に數まへられ奉らず世に知られでは何のかひにかはあらむ。この人のかくねんごろに思ひ聞え給へるこそ今は御さいはひなれ。さるべきにてこそはかゝる世界にもおはしましけめ。逃げ隱れ給ふとも何のたけき事かはあらむ。まけじだましひに怒りなばせぬことゞもゝしてむ」といひおどせばいといみじと聞きて中のこのかみなるぶごの介なむ「猶いとたいたいしくあたらしきことなり。故少貳ののたまひし事もあり、とかくかまへて京にあげ奉りてむ」といふ。娘どもゝ泣き惑ひて母君のかひなくてさすらへ給ひてゆくへをだに知らぬかはりに人なみなみにて見奉らむとこそ思ふにさるものゝなかにまじり給ひなむことと思ひ歎くをも知らで、我はいとおぼえ高き身と思ひて文など書きておこす。手などきたなげなう書きてからのしきしかうばしきかうに入れしめつゝをかしく書きたりと思ひたることばぞいとだみたりける。みづからもこの家の次郞をかたらひとりてうちつれて來たり。年三十ばかりなるをのこのたけ高くものものしくふとりて穢げなけれど、思ひなし疎ましく荒らかなるふるまひ見るもゆゝしくおぼゆ。色あひ心ちよげに聲いたう枯れてさへづり居たり。けさう人は夜に隱れたるをこそよばひとはいひけれ。さまかへたる春の夕暮なり。秋ならねどもあやしかりけりと見ゆ。心を破らじとてをばおとゞ出であふ。「故少貳のいとなさけびきらきらし