このページは校正済みです
へどいと所せし。御さいはひのすぐれ給へりけるをばさるものにて、御有樣の心にくゝおもりかにおはしませば世に重く思はれ給へる事すぐれてなむおはしましける。このまちまちの中のへだてには塀どもらうなどをとかくゆきかよはしてけぢかくをかしきあはひにしなし給へり。九月になれば紅葉むらむら色づきて宮の御まへえもいはずおもしろし。風うち吹きたる夕暮に御箱の蓋にいろいろの花紅葉をこきまぜてこなたに奉らせ給へり。おほきやかなるわらはの、濃き衵、紫苑の織物かさねて赤朽葉のうすものゝかざみ、いといたうなれて、らう渡殿のそりはしを渡りてまゐる。うるはしき儀式なれどわらはのをかしきをなむえおぼし捨てざりける。さる所に侍ひなれたればもてなし有樣外には似ずこのましうをかし。御せうそこには、
「こゝろから春まつそのはわがやどの紅葉を風のつてにだに見よ」。若き人々、御つかひもてはやすさまどもをかし。御かへりはこの御箱の蓋にこけ敷きいはほなどの心ばへして五葉の枝に、
「風に散る紅葉はかろし春の色を岩ねの松にかけてこそ見め」。この岩根の松もこまかに見れば、えならぬつくりごとゞもなりけり。かくとりあへず思ひより給へるゆゑゆゑしさなどを、をかしく御らんず。御前なる人々もめであへり。おとゞ「この紅葉の御せうそこいとねたげなめり。春の花ざかりにこの御いらへは聞え給へ。この頃紅葉をいひくたさむは立田姬の思はむこともあるを、さししぞきて花の陰に立ち隱れてこそ强きことは出でこめ」と聞え