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 「いにしへをふきつたへたる笛竹にさへづる鳥の音さへかはらぬ」。あざやかに奏しなし給へる用意ことにめでたし。取らせ給ひて、

 「うぐひすの昔をこひてさへづるは木傳ふ花の色やあせたる」とのたまはする御有樣こよなくゆゑゆゑしくおはします。これは御わたくしざまにうちうちのことなればあまたにも流れずやなりにけむ、又かき落してけるにやあらむ、樂所遠くて覺束なければお前に御琴どもめす。兵部卿宮琵琶、內のおとゞ和琴、箏の御琴院の御前にまゐりて、きんは例のおほきおとゞたまはり給ふ。さるいみじき上手の勝れたる御手づかひどもの盡し給へるねは譬へむかたなし。さう歌の殿上人あまたさぶらふ。あなたうとあそびて次にさくら人、月朧にさし出でゝをかしきほどに中島のわたりにこゝかしこ篝火ども燈しておほみあそびはやみぬ。夜更けぬれどかゝるついでに、おほきさいの宮おはします方をよぎてとぶらひ聞えさせ給はざらむもなさけなければかへさに渡らせ給ふ。大臣も諸共にさぶらひ給ふ。后待ちよろこび給ひて御たいめんあり。いといたうさだすぎ給ひにける御けはひにも故宮を思ひ出で聞え給ひてかく長くおはしますたぐひもおはしけるものをと口惜しうおもほす。「今はかくふりぬる齡に萬の事忘られ侍りにけるを、いと辱く渡りおはしまいたるになむ更に昔の御世の事思ひ出でられ侍る」とうち泣き給ふ。「さるべき御かげどもにおくれ侍りて後、春のけぢめも思う給へわかれぬを今日なむ慰め侍りぬる。又々も」と聞え給ふ。おとゞもさるべきさまに聞きて「殊更にさぶらひて」など聞え給ふ。のどやかならで歸らせ給ふひゞきにも后