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り。花盛はまだしき程なればやよひは故宮の御いみづきなり。とくひらけたる櫻の色もいとおもしろければ院にも御用意ことにつくろひみがゝせ給ひ行幸に仕うまつり給ふ上達部みこたちよりはじめ心づかひし給へり。人々皆靑色に櫻がさねを着給ふ。帝は赤色の御ぞ奉れり。召しありておほきおとゞ參り給ふ。おなじ赤色を着給へればいよいよひとつものとかゞやきて見えまがはせ給ふ。人々のさう束用意常よりことなり。院もいと淸らにねびまさらせ給うて御さまよういなまめきたる方にすゝませ給へり。今日はわざとのもんにんも召さず、たゞそのざえかしこしと聞えたる學しやう十人をめす。式部の司のこゝろみの題をなずらへて御題たまふ。大殿の太郞君の心み給ふべき故なめり。おくだかきものどもはものもおぼえずつながぬ船に乘りて池にはなれ出でゝいとすべなげなり。日やうやうくだりてがくの船どもこぎまひて調子ども奏する程の山風の響おもしろく吹き合せたるにくわざの君はかう苦しき道ならでもまじらひ遊びぬべきものをと世の中うらめしう覺え給ひけり。春鶯囀まふほどに昔の花の宴の程おぼし出でゝ院の帝又さばかりのこと見てむやとの給はするにつけてその世の事哀におぼしつゞけらる。舞ひはつるほどにおとゞ院に御かはらけ參りたまふ。

 「鶯のさへづる春はむかしにてむつれし花のかげぞかはれる」。院の上、

 「九重をかすみへだつるすみかにも春とつげくるうぐひすの聲」。帥の宮ときこえし、今は兵部卿にて、今の上に御かはらけまゐり給ふ。