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Page:Kokubun taikan 01.pdf/402

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にまゐらで寢給ひぬるやうなれど心もそらにて人しづまるほどになかさうじをひけど、例はことにさし固めなどもせぬをつとさして人の音もせず。いと心ぼそく覺えてさうじによりかゝりて居給へるにをんな君も目をさまして風の音の竹に待ちとられてうちそよめくに雁の鳴きわたる聲のほのかに聞ゆるに幼き心地にもとかくおぼし亂るゝにや、「雲井の雁もわがことや」とひとりごち給ふけはひ若うらうたげなり。いみじう心もとなければ「これあけさせ給へ。小侍從やさぶらふ」とのたまへど音もせず。御乳母ごなり、ひとりごとを聞き給ひけるもはづかしうてあいなく御顏引き入れ給へど哀は知らぬにしもあらぬぞにくきや。めのとたちなど近く臥してうちみじろくも苦しければかたみに音もせず。

 「さ夜中に友呼びわたるかりがねにうたて吹きそふ荻のうは風。身にもしみけるかな」と思ひ續けて宮の御前にかへりて歎きがちなるも御目覺めてや聞かせ給ふらむとつゝましくみじろき臥し給へり。あいなく物はづかしうて我が御方に疾く出でゝ御文かき給へれど、小侍從にもえ逢ひ給はず、かの御方ざまにもえいかず胸潰れて覺え給ふ。女はたさわがれ給ひし事のみはづかしうて、我が身やいかゞあらむ、人やいかゞ思はむとも深くおぼし入れず、をかしうらうたげにて打ち語らふさまなどを、疎ましとも思ひ離れ給はざりけり。又かくさわがるべき事ともおぼさゞりけるを御後見どもゝいみじうあばめ聞ゆればえことも通はし給はず、おとなびたる人やさるべきひまをも造り出づらむ。をとこ君も今少し物はかなき年の程にて唯いと口惜しうのみ思ふ。おとゞはそのまゝに參り給はず、宮をいとつらしと思ひ