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Page:Kokubun taikan 01.pdf/261

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 「しらざりし大海のはらに流れきてひとかたにやはものは悲しき」とて居給へるさま、さるはれに出でゝ言ふよしなく見え給ふ。海のおもてはうらうらとなぎ渡りて行くへも知らぬにこしかた行くさきおぼしつゞけられて、

 「八百よろづ神もあはれと思ふらむをかせる罪のそれとなければ」とのたまふに俄に風吹き出でゝ空もかき暮れぬ。御はらへもしはてず立ちさわぎたり。ひぢがさ雨とか降りきていとあわたゞしければ皆歸り給はむとするに笠もとりあへずさる心もなきに萬吹きちらしまたなき風なり。波いといかめしう立ちきて人々の足をそらなり。海のおもてはふすまを張りたらむやうに光滿ちて神鳴りひらめく。落ちかゝる心地して辛うじてたどりきて「かゝるめは見ずもあるかな。風などは吹けど氣色づきてこそあれ、あさましう珍らかなり」と惑ふに、猶止まず鳴りみちて雨のあしあたる所通りぬべくはらめきおつ。かくて世は盡きぬるにやと心細く思ひ惑ふに、君はのどやかに經うちずじておはす。暮れぬれば神少しなり止みて風ぞよるもふく。多く立てつる願の力なるべし。「今しばしかくだにあらば浪に引かれて入りぬべかりけり。高潮といふものになむとりあへず人そこなはるゝとは聞けどいとかゝることはまだ知らず」といひあへり。曉がた皆うち休みたり。君も聊寢入り給へればそのさまとも見えぬ人きて「など宮より召しあるには參り給はぬ」とてたどりありくと見るにおどろきて、さは海の中のりう王のいといたう物めでするものにて見入れたるなりけりとおぼすに、いとものむづかしうこの住ひ堪へがたくおぼしなりぬ。