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Page:Kokubun taikan 01.pdf/252

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もとに立ちくる心地して淚落つともおぼえぬに枕うくばかりになりにけり。きんを少し搔き鳴し給へるが我ながらいとすごう聞ゆればひきさし給ひて、

 「戀ひわびてなく音にまがふうらなみは思ふかたより風や吹くらむ」と謠ひ給へるに、人々おどろきてめでたうおぼゆるに忍ばれてあいなう起き居つゝ鼻を忍びやかにかみわたす。げにいかに思ふらむ、我が身ひとつにより、親はらから片時立ち離れがたく程につけつゝ思ふらむ家を別れてかく惑ひあへるとおぼすにいみじくて、いとかく思ひ沈むさまを心細しと思ふらむとおぼせば、晝は何くれと戯事うちのたまひまぎらはし、徙然なるまゝにいろいろの紙をつぎつゝ手習をし給ふ。珍しきさまなるからの綾などに樣々の繪どもを書きすさび給へる、屛風のおもてどもなどいとめでたく見所あり。人々の語り聞えし海山の有樣を遙におぼしやりしを、御目に近くてはげに及ばぬ磯のたゝずまひ二なく書き集め給へり。この比の上手にすめる千えだつねのりなど召してつくり繪を仕うまつらせばやと心もとながりあへり。懷しうめでたき御有樣に世の物思忘れて近う馴れ仕うまつるを嬉しきことにて四五人ばかりぞつと侍ひける。前栽の花いろいろ咲き亂れおもしろき夕暮に、海見やらるゝ廊に出で給ひてたゝずみ給ふ御さまのゆゝしう淸らなること、所からはましてこの世のものとも見え給はず。白き綾のなよゝかなる紫苑色など奉りてこまやかなる御直衣帶しどけなくうち亂れ給へる御さまにて「釋迦牟尼佛弟子」と名のりてゆるゝかによみ給へる、又世に知らずきこゆ。沖より船どもの唄ひ詈りて漕ぎ行くなども聞ゆ。ほのかに唯小さ