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Page:Kokubun taikan 01.pdf/249

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に行きかゝづらふ方もなくしめやかにてあるべきものをとおぼすに、いみじう口惜しうよるひる面影におぼえて堪へ難く思ひ出でられ給へば、猶忍びてや迎へましとおぼす。又うち返し、なぞやかく浮世に罪をだに失はむとおぼせば、やがて御さうじんにて明暮行ひておはす。大殿の若君の御事などあるにもいとゞ悲しけれど、おのづから逢ひ見てむ、たのもしき人々物し給へば後ろめたうはあらずとおぼしなさるゝは、なかなかこの道は惑はれ給はぬにやあらむ。まことや騷しかりし程のまぎれに洩らしてけり。かの伊勢の宮へも御使ありけり。かれよりもふりはへ尋ね參れり。淺からぬ事ども書き給へり。言の葉筆づかひなどは人より殊になまめかしういたり深く見えたり。「猶うつゝとは思ひ給へられぬ御住まひをうけ給はるも明けぬ夜の心惑ひかとなむ。さりとも年月は隔て給はじと思ひやり聞えさするにも罪深き身のみこそ又聞えさせむこともはるかなるべけれ、

  うきめかるいせをの海士を思ひやれもしほたるてふ須磨の浦にて。萬に思う給へみだるゝ世の有樣も猶いかになりはつべきにか」とおほかり。

 「伊勢島やしほひのかたにあさりてもいふかひなきは我身なりけり」物をあはれとおぼしけるまゝにうちおきうちおき書き給へる、白きからの紙四五枚ばかりを書き續けて墨つきなど見どころあり。哀に思ひ聞えし人をひとふしうしと思ひ聞えさせし心あやまりにこのみやす所も思ひうんじて別れ給ひにしとおぼせば、今にいとほしう忝きものに思ひ聞え給ふ。折からの御文いとあはれなれば、御使さへむつましうて二三日すゑさせ給ひて彼處