コンテンツにスキップ

Page:Kokubun taikan 01.pdf/241

提供:Wikisource
このページは校正済みです

つかさも取られてはしたなければ、御供に參るうちなり。賀茂の下の御社をかれと見渡すほどふと思ひ出でられて、おりて御馬の口をとる。

  ひきつれて葵かざしゝそのかみを思へばつらし賀茂のみづかき」といふを、げにいかゞ思ふらむ、人よりけに花やかなりしものをとおぼすも心ぐるし。君も御馬よりおり給ひて御社の方を拜み給ふとて、神にまかり申しし給ふ。

 「うき世をば今ぞわかるゝとゞまゝらむ名をばたゞすの神にまかせて」との給ふさま物めでする若き人にて身にしみてあはれにめでたしと見奉る。御山にまうで給ひておはしましゝ御有樣唯目の前のやうにおぼし出でらる。かぎりなきにても世になくなりぬる人ぞ言はむ方なく口惜しきわざなりける。萬の事をなくなく申し給ひてもそのことわりをあらはにえ承り給はねば、さばかりおぼしのたまはせしさまざまの御ゆいごんはいづちへか消え失せにけむといふかひなし。御墓は道の草しげくなりて分け入り給ふほどいとゞ露けきに、月も雲がくれて森の木立こぶかく心すごし。歸り出でむ方もなき心地して拜み給ふに、ありし御面影さやかに見え給へる、そゞろ寒きほどなり。

 「なきかげやいかゞ見るらむよそへつゝながむる月も雲がくれぬる」。明けはつる程に歸り給ひて御せうそこ聞え給ふ。王命婦を御かはりとて侍はせ給へばその局にとて「今日なむ都はなれ侍る。又參り侍らずなりぬるなむ數多の憂にまさりて思う給へられ侍る。よろづ推し量りて啓し給へ。