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「いくそたび君がしゝまにまけぬらむ物ないひそといはぬたのみに。のたまひも捨てゝよかし。玉だすきくるし」とのたまふ。女君の御めのとご侍從とていとはやりかなるわかうど、いと心もとなうかたはら痛しと思ひて、さし寄りて聞ゆ。
「鐘つきてとぢめむことはさすがにてこたへまうきぞかつはあやなき」とわかびたる聲のことにおもりかならぬを人づてにはあらぬやうに聞えなせば、ほどよりはあまえてと聞き給へど、めづらしきになかなか口ぶたがるわざかな。
「いはぬをもいふにまさると知りながらおしこめたるは苦しかりけり」。何やかやとはかなきことなれどをかしきさまにもまめやかにものたまへど、何のかひなし。いとかゝるもさまかへて思ふかたことに物し給ふ人にやと、妬くてやをら押しあけて入り給ひにけり。命婦、あなうたてたゆめ給へるといとほしければ、知らず顏にて我が方へいにけり。この若うどゞもはた、世に類なき御有樣の音ぎゝに罪許し聞えておどろおどろしうも嘆かれず、唯思ひもよらず俄にてさる御心もなきをぞ思ひける。さうじみは唯我にもあらず耻しくつゝましきより外の事又なければ、今はかゝるぞあはれなるかし、まだ世馴れぬ人のうちかしづかれたると見許し給ふものから、心得ずなまいとほしと覺ゆる御さまなり。何事につけてかは御心のとまらむ、うちうめかれて夜ふかう出で給ひぬ。命婦は、いかならむと目覺めて聞き臥せりけれど、知りがほならじとて御送にともこわづくらず、君もやをら忍びて出で給ひにけり。二條院におはしてうちふし給ひても、猶思ぶに適ひ難き世にこそとおぼし續けて、かる