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にせさせ給はむ」と聞え給ふ。「誠はかやうの御ありきにも隨身からこそはかばかしき事もあるべけれ。後らさせ給はでこそあらめ、やつれたる御ありきはかるがるしき事も出できなむ」と押し返し諫め奉る。かうのみ見つけらるゝをねたしとおぼせど、かのなでしこはえ尋ねしらぬを重きかうに御心のうちに覺し出づ。おのおの契れる方にもあまえて得行き別れ給はず、ひとつ車に乘りて月のをかしきほどに雲かくれたる道のほど笛吹きあはせて大殿におはしぬ。さきなどもおはせ給はず、忍びて入りて人見ぬらうに御直衣めして着更へ給ふ。つれなう今くるやうにて御笛ども吹きすさびておはすればおとゞ例の聞きすぐし給はで狛笛取り出で給へり。いと上手におはすればいとおもしろう吹き給ふ。御琴召してうちにもこの方に心得たる人々にひかせ給ふ。中務の君わざと琵琶はひけど、頭の君心かけたるをもて離れて唯このたまさかなる御けしきの懷かしきをばえ背き聞えぬに、おのづから隱れなくて大宮などもよろしからずおぼしなりたれば、物おもはしくはしたなき心地してすさまじげにて寄りふしたり。絕えて見奉らぬ所にかけはなれなむも、さすがに心細く思ひ亂れたり。君たちはありつるきんのねを覺し出でゝ、哀げなりつるすまひのさまなどもやうかへてをかしう思ひ續け、あらましごとにいとをかしうらうたき人のさて年月を重ね居たらむ時見そめていみじう心苦しくは人にももてさわがるばかりや我が心もさまあしからむなどさへ中將は思ひけり。この君のかう氣色ばみありき給ふを、まさにさてはすぐし給ひてむやとなまねたう危がりけり。その後此方かなたより文など遣り給ふべし。いづれもいづれも