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は妬う覺し出づ。荻の葉もさりぬべき風のたよりある時は驚かし給ふ折もあるべし。ほ影の亂れたりしさまは又さやうにても見まほしくおぼす。大方名殘なき物忘をぞえ給はざりける。左衞門の乳母とて大貳の尼君のさしつぎに、覺いたるがむすめ大輔の命婦とてうちに侍ふ。わかんどほりの兵部の大輔なるがむすめなりけり。いといたう色好める若人にてありけるを君も召し使ひなどし給ふ。母は筑前の守のめにてくだりにければ父君のもとを里にて行き通ふ。故常陸のみこの末にまうけていみじうかしづき給ひし御むすめ心細くて殘り居給ひたるを事の序に語り聞えければ、「哀のことや」とて問ひ聞き給ふ。「心ばへかたちなど深き方はえ知り侍らず。かいひそめ人疎うもてなし給へば、さべき宵など物ごしにてぞかたらひ侍る。きんをぞ懷かしき語らひ人と思ひ〈給へイ有〉る」と聞ゆれば、「三つの友にて今一くさやうたてあらむ」とて、「我に聞かせよ。父みこのさやうの方にいとよしづきて物し給ひければ、おしなべての手づかひにはあらじと思ふ」と語らひ給ふ。「さやうに聞しめすばかりには侍らずやあらむ」といへば、「いたうけしきばましや。この頃の朧月夜に忍びて物せむ。まかでよ」とのたまへば、煩はしと思へどうちわたりものどやかなる春のつれづれにまかでぬ。父の大輔の君は外にぞ住みける。こゝには時々ぞ通ひける。命婦は繼母のあたりは住みもつかず、姬君の御あたりをむつびてこゝにはくるなりけり。のたまひしもしるくいざよひの月をかしきほどにおはしたり。「いとかたはらいたきわざかな。物のね澄むべき夜のさまにも侍らざめるに」と聞ゆれど、「猶あなたにわたりて唯一聲催し聞えよ。空しくかへらむが妬かる