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と夜ふかう立ち出でさせ給へる」と、物のたよりと思ひていふ。「宮へ渡らせ給ふべかなるを、その先に物一言聞えさせ置かむとてなむ」との給へば、「何事にかは侍らむ。いかにはかばかしき御いらへ聞えさせ給はむ」とてうち笑ひて居たり。君入り給へばいとかたはらいたく「うちとけて怪しきふる人どもの侍るに」と聞えさす。「まだおどろい給はじな。いで御目さまし聞えむ。かゝる朝霧をば知らでいぬるものか」とて入り給へば「や」ともえ聞えず。君は何心もなく寢給ひつるを抱き驚かし給ふに驚きて、宮の御迎におはしたると寢おびれておぼしたり。御ぐし搔きつくろひなどし給ひて「いざ給へ。宮の御使にて參り來つるぞ」との給ふに、あらざりけりとあきれて、恐ろしと思ひたれば、「あなこゝろう。まろも同じ人ぞ」とてかき抱きて出で給へば大夫少納言など「こはいかに」と聞ゆ。「こゝには常にもえ參らぬが覺束なければ心やすき所にと聞えしを、心憂くわたり給ふべかなれば、まして聞え難かるべければ人ひとり參られよかし」との給へば、心あわたゞしくて「今日はいとびんなくなむ侍るべき。宮の渡らせ給はむにはいかさまにか聞えやらむ。おのづから程經てさるべきにおはしまさばともかうも侍りなむを、いと思ひやりなき程の事に侍れば侍ふ人々苦しう侍るべし」と聞ゆれば、「よし後にも人は參りなむかし」とて御車寄せさせ給へば、あさましういかさまにかと思ひあへり。若君もあやしと覺して泣い給ふ。少納言留め聞えむ方なければ、よべ縫ひし御ぞどもひきさげて自らもよろしききぬ着更へて乘りぬ。二條院は近ければまだ明うならぬ程に坐して西の對に御車寄せており給ふ。若君をばいとかるらかにかき抱きて