Page:KōgaSaburō-Yōkō Murder Case-Kokusho-1994.djvu/6

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が第一におったまげたのは、その紳士がね、家の玄関の前に立つと、部の厚い、コンクリートのドアが、音もなくスーと開いたんでさあ。決して嘘じゃありません。全くなんで、ところが旦那、まだまだおったまげる事が、いくらでもあるんですぜ。こんな事は、ホンの序の口なんで」

 万助は、その音もなくスーッと開いた扉から、家の中に招き入れられた。家は、中々宏壮なものだったが、ガランとして他には誰もいないようだった。彼はやがて、部屋の入口らしい所に来た。すると、入口の扉は、又、音もなくスーッと開いた。部屋は四方真白な壁に囲まれて、まるで牢屋のようだった。

「あっしはしまったと思いましたね。こいつは、うまだまママされた、飛んでもない所へ連れ込まれ、てっきり生胆いきぎもを取られるんだと思いましたね。そう思うと、急に恐ろしくなって、よいが覚めちまいました。しかし、本当に酔が覚めて蒼くなったのは、その紳士が真白な壁に向って、大きな声で、開け! 悪魔! と云った時でさあ」

 万助はその時の事を、追想するように、首を縮めて、さも恐ろしそうに、ブルブル顫えながら、

「あっしは、てっきり、紳士は気が違ったのだと思いました。すると、どうでしょう。紳士が、開け! 悪魔! と叫んだ拍子に、真白な壁がグラグラと動き出したのです。そうして、パクリと大きな口を開けました。紳士は呆気あつけに取られて、尻込みしているあっしを、手招きしてそのパックリ開いた口から、次の室へ呼び入れました。恐る恐る、次の間を覗いたあっしは、思わずあッと声を出しましたぜ」

 その次の間と云うのが、実に素晴らしかったそうである。壁と云わず柱と云わず、金色こんじきまばゆい光を放って、天井には瓔珞ようらくのように、キラキラと珠玉を連ねたものが隙間から下って、床には燃えるような花模様の厚い絨氈が敷かれていた。

「ここを覗いて見給え」

 紳士が壁間にめ込んであった鏡をゆびさしたので、万助は何気なく覗いて見ると、彼はもう少しで卒倒する所だった。

「鏡に写ったのは、あっしの顔でなくて、角の生えた、恐ろしい鬼の顔なんです」

 万助が退るようにぎょッとすると、紳士はアハハハハと笑って、

「この部屋の番人の悪魔だ。その鏡の中に住んでいるのだよ」

 それから紳士は、万助を部屋の隅の壁に嵌め込みになっている、立派な戸棚の傍に連れて行って、

「開け! 悪魔! と呼んでごらん」

 と云うので、万助はその通りにすると、戸棚のドアは、スルスルと開いて、中には、何とも云えない美しい光りを、眩しいように発する大きな宝石が、ギッシリと這入っていた。

「ダイヤモンドだよ。アハハハハ」

 紳士は機嫌よく笑って、別の戸棚から、琥珀こはくを溶かしたような酒を取り出して、先ず、自ら一杯のみ、それから万助に勧めた。

「その味ったら、実に、たまらない旨さで、あっしは、もし、あれが毒だとしても、喜んで呑みましたよ」

 そんな事で、万助がまるで狐につままれたように、キョトキョトしていると、紳士は、

「万助さん、何もそう驚かなくてもいいよ。私は魔法使いでも、何でもない。今までみせた事は、みんな科学で出来る事なんだよ。万助さんは、テレビジョンと云って、遠方の事が、手に取るように見