Page:KōgaSaburō-Yōkō Murder Case-Kokusho-1994.djvu/17

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「ただ、そんな気がしますだけで、確かな証拠がある訳ではありません」

「うむ」

 横林博士は不快そうに、眉をひそめた。

「どうも、君達は奇妙な事ばかり云う。しかし、今日は君達に係り合ってはいられない。僕は、脇田博士の研究書類を調べなくてはならないのだ。君達は帰ってくれ給え」

 博士はこう云い放つと、ツカツカと新研究室の中に這入って、ドアをバタンと締めた。


一〇


 私達三人は云い合したように、旧研究室の中へ這入った。手は眼をグリグリさせて、ひどく怒っていた。

「怪しからん。いかに大学教授か知らんが、我々をまるで泥棒のような扱いをするとは、言語同断じゃ」

「手さん、まあ、そう怒らないで下さい。私達は大きな目的を持っているのですから」青年理学士はなだめるように云った。「それよりも、時間が大切ですから、手さん、あなた直ぐに星合判事にここへ来るように云って下さいませんか」

「ここへ?」

 手は呑み込めないと云う顔をして、反問した。

「ええ、是非話したい事がありますから、御手数ですが、電話をかけて下さい。ああ、それから、その時、ついでに、万助に、テレビジョンを見せた紳士は、背が高かったか、低かったか訊いて来るように云って下さい」

 手が電話を掛けに外へ出て、再び戻って来てから、星合予審判事がやって来るまでの間、青年理学士は、何回となく時計を取り出して、その都度そっと新研究室の様子をうかがってしきりにいらいらしていた。(私は今までに、この青年理学士が、こんな焦燥な態度を示したのを、見た事がなかった)ママ

 青年理学士は、星合判事の顔を見ると、ホッとしたようだったが、判事がどことなく思慮深そうな眼で、額越しに一座をジロリと見廻しながら、

「私を呼ばれたのは、どう云う用事ですか」

 と、云った時に、一座を代表するように、

「どうも、お呼立してすみませんでした。実は重大なお知らせをしなければなりませんので」

「重大な知らせとは」

「それより以前に、先ほど、お願いいたしました万助の答えは、いかがでしたろうか」

「万助は、テレビジョンを見せてくれた紳士は、彼より少し背が高かったと云いました。万助の身長は五尺六寸余ですから、紳士は余程、背の高い部に這入るでしょう」

存難ありがとうございました。私も、多分そうだろうと思っていました。どうぞ、ここへお掛け下さい。是非、聞いて頂きたい事がありますから」

「どう云う事だか知らんが」

 この時に、手弁護士は青年理学士の出しゃばるのが、少し面白くないと云う風に、

「僕に相談せずに、無暗な事を、判事の耳に入れて、別に困るとは云わんが、どうかな、大丈夫かな」