コンテンツにスキップ

Page:KōgaSaburō-Yōkō Murder Case-Kokusho-1994.djvu/11

提供:Wikisource
このページは校正済みです

のピストルを肌身離さずに、持歩いていたのだった。



 以上で、八木万助に関する話はおしまいだが、出来事が前後したりしたから、もう一度、簡単に、順序よく配列して見よう。

 八木万助は窃盗常習犯だった。彼は或夜脇田博士邸に忍び込んで、そこで、ピストルを拾った。彼は夫人に見つかったので、拾ったピストルを突きつけた。すると、夫人は両手を高く上げたが、その途端に、夫人はパッタリと倒れて、殆ど同時に一大音響がして、かれはその場に気絶した。しかし、間もなく、気がついて、幸いに怪我もせずに、そこを逃げ出る事が出来た。

 それから、約一年たった或夜、万助は浅草で見知らない紳士に呼び留められた。その紳士は、後で分った事だが、脇田博士に非常によく似ていたのだった。紳士は芝にあると称する彼の家に万助を連れて行って、そこで、魔法使ママのような怪奇な事を、いろいろとやって見せた挙句、テレビジョンを見せてやると云って、彼に隣室を覗かせた。彼は、そこで、彼の留守宅の出来事を見た。彼の妻は怪しげな男を引張り込んで、姦通していたのだった。逆上した万助は、宙を飛んで我家に帰って、恰度我家を出かけて来た男を射殺した。射殺された男は、脇田博士で、万助の妻は極力姦通の事実を否定して、博士は今夜不意に訪ねて来た未知の人だと云った。

 と、まあざっとこんな事である。

 そこで、当局は万助の申立を基として、先ず犯行現場を調査したが、彼がテレビジョンを見たと云う事が、全く虚構である事が、第一に判明した。魔法ならばとにかく、科学を基礎としたテレビジョンは、受信装置と一緒に、送信装置がなければならぬ。ところが、現場附近には送信装置はおろか、そんな装置をした痕跡さえ認められなかった。万助が噓を云っているか、いないかと云う事は第二として、万助の見たものはテレビジョンではないのだ。そうなると、万助が申立てた童話の中の出来事のような話は、どうも信が置けないのである。もっとも、万助にはとてもこんな素晴らしい噓を発明する事は、出来そうにもないから、誰かに入智恵されたか、それとも、事実は万助の見た通りで、何者かが彼をなぶったかである。しかし、無智ママな窃盗常習犯を嬲るにしては、些か念が入り過ぎている。

 ところで、こうなって見ると、万助が一年以前に、脇田博士邸でピストルを拾ったと云う事や、彼がピストルを発射しないのに、夫人が斃れたと云う話は、どうも怪しいと云う事になる。脇田博士は死んでしまったから、今更、ピストルの紛失の有無を聞く訳にも行かないが、生前博士はそんな事は一言も云わなかった。もっとも、博士は火事のために一切が焼失したので、ピストルも一緒に焼けた事と思って、殊更にそんな事を云わなかったのかも知れないが、邸内の廊下に、ピストルがほうり出してあるなどと云う事は、常識では信ぜられない事である。夫人はピストルで殺されたとなっているのであるから、恰度事件のあった夜に、ピストルを夫人に突きつけたと自白している万助が、夫人を射殺したのだと考えるのが、一番考えやすい事である。

 脇田博士を射殺したピストルの弾丸たまと、夫人を射殺したと信ぜられている弾丸との比較研究は、後者の弾丸が火事のために、高熱に会っているので、遺憾ながら、確定的のものでなかった。ただ、同一のピストルから発射されたものらしいと云う、曖昧な鑑定が下されただけだった。

 けれども、万助の陳述は、ことごとく怪しい作り事をしていると思われる節が多い。万助は博士邸に窃盗に這入って、夫人を射殺したが、何かの拍子に、博士に顔を見られたので――博士は当時留守